パソコンが全盛期となった世の中でも、「手でかく」という人も一定数。なんとなーくですが、このちかちかするモニターというやつに面と向うより、紙に向き合う方が想像力が刺激されるような気がするんですよね。でも、手で書くと、手が疲れるし、また字を写し直さなくてはならない。修正も難しく、漱石先生の生原稿なんかきったないもんですよ。だから、皆パソコンで原稿を書く。
でも、誰が書いても同じ文体になる事を利用して、星新一さんとか筒井康隆さんは文字で絵を描く様な無茶な真似を結構な数やってます。でも、文字で絵を描かずとも、もういっそ図版入れちゃってもいいんじゃね?と小説中に記号や標識を潜り込ませまくり、それらとひゃんひゃん楽しげに遊ぶのが浅暮三文さんの『実験小説ぬ』です。
タイトル通り、小説という形、文字や記号の形としての面白さ、通俗概念を一通り詰め込み、それを爆破させてこの短編集は出来上がっています。オチが似たりよったりというマイナスはありますが、小説の形に挑んだという意味がこの本を唯一無二に仕上げています。
惜しむらくは、これが他の国に輸出出来ないこと。前述二名の作家は翻訳すれば十分他国の人でも楽しめるのですが、この本にとっては「翻訳」は「破壊」でしかない。日本語で、しかもこの文庫でしか楽しめない。でも僕はそれでもいいんじゃないかなぁと。そういう緩さと果敢に挑む挑戦者という姿勢が合わさって、真面目で不真面目な奇書がここに。
0 件のコメント:
コメントを投稿