Subbacultcha

「サブカルチャー」という括りの下、文学・芸術・漫画・映画等について述べます。

2011年4月4日月曜日

私達もまた、ねこになるしかないのだ『ねこだらけ』

春らしい雰囲気に街が包まれ出しました。
悲しい事はたくさんあるけども、
楽しい気分になる事は決して悪ではないのです。

ギャグマンガ、『ねこだらけ』。

僕はそんなにお笑い好きな方では無いですが、結構笑いには厳しい方です。
「お笑い」、つまり「ギャグ」において、狙った感が出てはダメだと思うのです。
如何にも「笑かしたる!」というノリで打ち出されるギャグには不快感すら感じます。
身のこなしの中に自然に表れるような「笑い」が至上だと僕は思うのです。

可愛らしい(?)ねこキャラが様々なアクションを見せ付けてくれるこの漫画には、
大きく分けて三つの笑いがあります。

①あるあるネタ
日常で有り得る、細かい動作を拡大。
②不思議ちゃんネタ
身近にあるような無いような不思議な動作。思わず真似したくなるような面白動作。
③四次元ネタ
少しだけズレた、しかしこの世界では起こり得ない超現実世界の出来ごと。

…とまぁ分類はしてみたものの、
基本的にはこの本に収録される全ての漫画が「無意味」なのです。
「笑い?別にどーでもいいよ。」という作者の声が聞こえんばかりの、
自然体ゆるふわナンセンスギャグマンガなのです。
しかも一ページに四コマ漫画が一つ、という
省エネ・エコ重視時代に恐ろしく逆らいまくりな非経済っぷり。

一つ、文章でご紹介しましょう。
ネタばれ?この漫画ではそんなことどーでもいいんだよ!

『知性』
「キリッとした眉毛、真面目そうな雰囲気の眼鏡ねこがアンニュイに佇んでいます。
次の瞬間、次元を飛び越えて読者に突き刺さるねこの視線。
目が合った!
と同時にぽろりと落ちる眼鏡。眉毛付きの眼鏡。剥がれ落ちる『知性』という名の仮面。
再び、その『知性』をキュッキュと掛け直すねこ。

知性もまた、単なるペルソナに過ぎない。
それは非常に皮相なものであり、本来在るべき『知性』とは、
肩書や外見、借り物の言葉で表わされるようなものではないのである。
という痛烈な、現代アカデミズム批判を暗喩するのが、本作である。」

…とまぁ、こういう風な「無意味さ」がガンガン連ねられ、
まるで本から無意味臭が漂って来そうな、恐ろしい濃度のゆるふわギャグマンガなのです。

無意味に彩られた本作の世界観に浸る事で、日常の大事な事は全てうやむやになって行きます。
学校も、仕事も、恋愛も、趣味も、人間関係もどーでもよくなって来ます。
この漫画を読み終わった時、全てはナハハ、と笑い飛ばせるのだ、とあなたは悟るでしょう。

闇を覗く時、闇もまたあなたを覗いているのだ。
私達もまた、ねこになるしかないのだ。



な、何を言ってるか分からねーと思うが、
➼史上最弱が最も恐ろしい『どげせん』

論理なんてぶっ壊せ。

➼すべての発情期のサルどもへ『サルハンター』




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