Subbacultcha

「サブカルチャー」という括りの下、文学・芸術・漫画・映画等について述べます。

2013年11月7日木曜日

キルカ、キラレルカ。「キルラキル」について触れながら語る『カエアンの聖衣』


まどか?かぐや姫?知るか!!
今一番面白いのはキルラキルだろうが!!!(3つの内ではキルラキルしか観てない)

たまたまこのタイミングで『カエアンの聖衣』を手に入れることが出来たので、キルラキルと絡めながら、内容紹介と感想など。
ちなみに現時点でキルラキルの視聴はツムグくんの五話まで。

※ネタバレあり

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皆さんは天元突破グレンラガン、ご覧になりましたか?
僕は大好きです!(噛み合ない)
その物語のダイナミズム、バカバカしさ、ドラマチックさ。結構放映当時、自分はイヤァな時期で、その時に観て勇気・元気・希望を貰った思い出深い作品なのです。

そのグレンラガンの最終話タイトルは、フレドリック・ブラウンの小説より『天の光はすべて星』。
グレンラガン人気によって、Amazonマーケットプレイスで古書価格がクッソ高騰、ハヤカワの文庫が6000・7000円の大台に。それを受けてなのか、ハヤカワから新装版が発売され、そのあとがきを書いたのがグレンラガンシリーズの構成作家・中島かずきさん、という中々の胸熱展開。

で、その中島かずきさんがあとがき中で触れてたのが、バリントン・J・ベイリーの作品。
実はこの作品(グレンラガン)、僕なりのワイドスクリーン・バロックがやりたかったのだ。バリントン・J・ベイリーの『カエアンの聖衣』が、"服"というガジェットであれだけの法螺話がやれたように、今回"ドリル"というキーワードでどこまで大法螺がふけるか挑戦してみたかった。
強力な敵メカにラゼンガンというのが出てくる。別の意味もあるが僕の中では「ラ・禅銃」という語呂合わせにもなっている。この『禅銃(ゼンガン)』もベイリーの小説の題名だ。

前置きが長くなりました。つまり「カエアン」は、グレンラガンが「ドリル」「螺旋」というキーワードで物語を加速させていく様に、「服」によって物語世界を押し進めていく話なのです。

物語はまず、
①「カエアン」という、文化・宗教・哲学・道徳の柱に「服」を置いた文化圏の宇宙船が難破したため、「ジアード」という文化圏からそれを拾いにいく男たち
②自分の社会学論理を実地で検証するために、サンプルを採取しに行く「ジアード」の女性社会学者の宇宙船
の二つの物語から段々と肉付けされて行きます。

この「カエアン」側の視点が無いために、終始カエアンは謎めいた存在として描かれます。分かるのは、「ジアード」側を通した、異様な文化圏らしい、という視点のみ。

ざっくり説明すると、
カエアンでは人が服を着るのではなく、「服は人なり」という通念が存在しています。
人は服によって己を表現し、気持ちを変え、心情を操作する、という世界なのです。
オシャキチだらけやんけ…
まあそんな世界で作られる服なので、芸術品としても非常に価値がある。故に①の人達は、ほぼ犯罪だと自覚しつつも、カエアンの衣服を拾いに。
服の価値を判定する人間として、一味の中にペデル・フォーバースが同行しました。彼は服飾家(サートリアル)。断じて仕立て屋などという、職業家ではなく、芸術家なのです(自称)。よく居る「まぁ俺としては、俺の感性?を大事にしたいんだけどさ、それだけじゃ喰って行けないから仕方なく商業デザイン(商業音楽でも可)も仕事としてやってるワケよ」みたいな、腹立たしいヤツです。そんなに自分のやりたいことあるんなら会社辞めて独力で生活しろよ!!…失礼、毒電波が。

で、そんなペデルさんが難破船で出会ったのは。
フラショナール・スーツ。
偉大なるカエアンの服飾家・フラショナールによって制作された、世界に五着しか存在しないスーツ。着用者に万能感と自信を与え、着用者に最高の着心地を与えんがために着用者に合わせて形を変え、着用者に万能者としての性格・能力・顔つきを与える、聖なる衣。作中では、着用者のカロリーを消費して電撃を放つわ、着用者を捜して服が単体で動くわ。
…神衣ですね。

②の側には、「服」という概念が存在しない種族が登場します。
生まれた直後から、超巨大球形ロボット(ターンエーのカプルみたいなもんか)を揺りかご、ボディとして育ち、そのロボットスーツが己の身体の延長というか、「身体そのもの」である、という通念で暮らすソヴィヤ人
ソヴィヤ人の敵対種族であるサイボーグ。身体特徴としては、ソヴィヤ人に比べるとまだ全然こっちが我々人類に近しいんですが、彼らはデビルマンに登場するデーモンみたいに、それぞれがそれぞれに強そう!って思う機械と身体を融合させて、色んなバトルサイボーグ状態になって、宇宙空間でも活動出来る様になっている種族。ちなみにその頭目はヤクーサ・ボンズ。ヤクザで、坊主です。日本人の進化系らしいです。アイエエエ!?ナンデ!?ボンズナンデ!?
女性社会学者は前者のソヴィヤ人・アレクセイをサンプルとして捕らえ、「解剖」します。要はロボットスーツを剥ぎ取るのですが、アレクセイは生まれ育ったときからそれを「身体」として信じており、中から出て来た自分(AKIRAに出て来る子どもたちのような、未熟な成長体のような)のグロテスクさを鏡で見せつけられて、死ぬほどのショックを受けます。惨い…。後々、彼の存在が物語の大きなキーポイントになります。

ペデルはフラショナールスーツの効果により、一躍名士への道へ。かと思いきや、ジアードの上の方の人に目を付けられ、一緒に旅をした仲間にスーツを奪われるわ、監獄送りにされるわで酷い目に。
女性社会学者・アマラは、アレクセイをボディから出して解放して人類にしてみせる!などと恐ろしく感違った努力でアレクセイを酷い目に。
酷い酷い話ですわ…。

まぁなんやかんや(ペデルのフラショナルスーツが自分で宇宙船を操縦して監獄のペデルに会いに来る、アマラの宇宙船がカエアンに見つかって「保護」されるなど)ありまして、①メンバーと②メンバーはカエアンにて邂逅。
ペデルはカエアンにて、残りのフラショナルスーツの持ち主たちと出会い、「約束の地」に向かう。…唐突!で、約束の地には、フラショナルスーツの素材である植物プロッシムが群生していた。
実はフラショナルスーツとは、植物である故に「受動的コミュニケーション」しか取れないプロッシムが、「人間」という「能動的コミュニケーションを取れる素材」を採取するための、モデルツールだったのだ!!!プロッシムは、フラショナルスーツによって得た人類的思考を基にフラショナルスーツを量産化し、その「着ざるを得ない魅力・魔力」によってゆくゆくはユニバース中の人間にフラショナールスーツを着せる!そしてプロッシムは能動的・受動的支配の両立を可能として、全宇宙を支配する存在となるのだ!!!!
どうだ、何を言ってるか分からんだろう!!!

そう、この長大な、加速的な、緻密な設定なんぞ全て置き去りにして行くスケール感こそが、「カエアン」の魅力なのです。
この間、一切プロッシムは喋っておりません、ご留意下さい。

近付くだけで、服の魔力に魅せられて、服の支配下に置かれてしまうため、ジアード人もカエアン人も迂闊に手を出せない。眼前のプロッシムの草原からは、次々にフラショナールスーツが生えて来る。わはー!
そんな、全宇宙人類の窮地を救ったのは、ペデルでもなくアマラでもなく、アマラに人生を無茶苦茶に踏みにじられたソヴィヤ人・アレクセイだった。

「服を着る」という概念そのものが無いアレクセイだけが、服の魔力に惑わされること無く、服を処分することが出来るのです。火炎放射器を搭載した機械に乗り込み、草原を焼き払うアレクセイ。
大体焼き付くしたと思われた所で、服に惑わされたカエアン人の宇宙船が、アレクセイの乗る機械に突っ込んで来て、あっさり亡くなるアレクセイ。彼の来世にどうか祝福を…。

貴重な犠牲を払い、なんとか銀河の平和は保たれた。
はずなのだが、何故かこの位良いだろ、とペデルは焼け残ったネクタイと植物の種子を持って自分の星に帰る…。ペデルこのオシャキチクソ野郎!!

すげぇ服が登場する⇒服が銀河を支配しかける、という展開のアッパー感が素晴らしい物語でした。冒頭の中島かずきさんのあとがき中にも書かれていましたが、こういうのを「ワイドスクリーン・バロック」と表現するそうです。
壮大な物語性を持って、場所や世界・時代を縦横無尽に動き回り、設定よりはアイデア一本でグワーッと描き切る豪快さを持ったSFって感じかな。
『スローターハウス5』『魔法少女まどか☆マギカ』『トップをねらえ』なんかはここに分類出来るかも。

ちょっとだけキルラキルの展開もここから予測出来るんではないかな、とか。

●纏流子と鬼流院皐月 VS 三枚の神衣とその持ち主
●神衣への対抗策として、鬼流院家が開発していた極制服。しかし全く神衣には歯が立たず。≒フラショナルスーツ以外のカエアン製衣服
●「ヌーディストビーチ」によって登場する、服以外の兵器。強化外骨格≒ロボットスーツ
●皐月の分も含めて、神衣が実は人類支配を企む巨大な勢力。人類 VS 服 という構図が生まれる中で「友情」によって瓦解しない、流子と鮮血の関係性
●ラストバトルは流子と皐月によって行われるものの、「服と喋る」という異常性を、以上である、と看破していた満艦飾マコによって、「人類と服との決別」という概念的なとどめが刺される

みたいな妄想をしましたが、はてさてどんな風に転がっていくんでしょう、キルラキル。

『そらいろのカニ』、どっちかつったら文学系な気がするけども、ワイドスクリーン・バロックっぽい。

世界征服の野望を止めんとして、「仮想仏陀」なる謎の世界に侵入、ワイドスクリーン・バロックっぽ!…くはないか、流石に





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