Subbacultcha

「サブカルチャー」という括りの下、文学・芸術・漫画・映画等について述べます。

2012年1月1日日曜日

混沌の中から拾い上げるという強さ『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』



あけましておめでとうございます。
昨年最後に読んだ本がこちら、『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』でした。
今年最初の当ブログの記事は、こちらの本のご紹介です。

ニューヨークに暮らす7歳の少年、オスカー・シェル。
彼は戯言使いで、ビートルズファンで(特にリンゴの)、無神論者で、タンバリン奏者で、アマチュア科学者で、という非常に多彩かつ楽しげな雰囲気を湛えたキャラクターです。

しかし、彼は9・11によって、父親を亡くしてしまった。

彼の父親は彼に謎のカギを遺して、この世から去ってしまった。
本書において、彼はそのカギがはまるカギ穴を探すこととなります。
けれども、本書が描くのは、「わくわく少年冒険譚」ではありません。
勿論「父と子による時を超えた感動の物語」でもないし、「9・11というシチュエーションを借りたテロリズムバッシング」でもありません。


話は変わりますが、谷川俊太郎さんの詩にこうした作品があります。
二篇。

ひとつめ。
生きているということ
いま生きているということ
それはミニスカート
それはプラネタリウム
それはヨハン・シュトラウス
それはピカソ
それはアルプス
すべての美しいものに出会うということ

(中略)
人は愛するということ
あなたの手のぬくみ
いのちということ




「いきる」


ふたつめ。
なんでもおまんこなんだよ
あっちに見えてるうぶ毛の生えた丘だってそうだよ
やれたらやりてえんだよ
おれ空に背がとどくほどでっかくなれねえかな
すっぱだかの巨人だよ
(中略)

おれに土かけてくれよお
草も葉っぱも虫もいっしょくたによお
でもこれじゃまるで死んだみたいだなあ
笑っちゃうよ
おれ死にてえのかなあ
 




「なんでもおまんこ」



この一見何の関連性も無いような二篇の詩は、
関係なさそうな単語、文章の羅列によって同じものを描こうとしています。
「僕」の在り方、「世界」の在り方。
それはヨハン・シュトラウスであり、ピカソであり、おまんこであり、丘であり、性であり、生であり、死であり、詩であり。

『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』の物語の発端はドレスデンの空爆です。
「ドレスデンの空爆」を物語に引用した例として、僕はカート・ヴォネガットの『スローターハウス5』を思い出したのですが、


本書もスローターハウスと同じく、「世界は悲劇で構成されている」という空気を感じさせます。

「ドレスデン空爆」と「9・11」には何の連関性もありません。
けれども、それは同じ世界で起きている。
9・11のテロによって殺された人達は中東地域に直接ダメージを与えた訳ではありません。
けれども、確実にアメリカはアラブ、イラン、イラクを滅茶苦茶にした。
だからといってその報復を僕は肯定する訳ではありません。
人が生きている限り、戦争は無くならない。
これは僕の哲学や思想では無く、単なる事実なのです。けれども、そうした普遍的な事実と、個人の事情には何の関わりも無い。
主人公、オスカー・シェルは一つの疑問を持ちます。「何故、パパが死ななくてはならなかったのか。」原因や因果関係の追求では無く、それは感情です。その疑問に纏わり付かれ、オスカーは街を彷徨う。

ヴィジュアル・ライティング、タイポグラフィーや図版を大量に使用し、ある種「ライトノベル」の如き様相を本書は湛えています。けれども、本書はそれらを使う事で「受けを狙う」訳では無く、より過剰に感情を訴えて来る素材として使用しているのです。

本書の一番最後に収められている、連続写真。
小説を、絵や写真を使って説明するのはある種禁じ手とも言えますが、この本に収められた様々な「禁じ手」の意味性が、一挙に最後の連続写真でグワッと開放されます。この衝撃を是非とも味わって欲しい。

「9・11」という歴史的な事件は、僕ら日本人にとって悲劇では無く「海外ニュースの一つ」でしか無かった。けれども、日本にも「3・11」という巨大な衝撃が与えられた今、本書に込められたこの感覚、同じ世界で全てが起きている、起きていることが全て自分にとっても起きていることである、という感覚が共有しやすくなったのではないかと思います。
けれども、ただ、それらが全て悲劇であることは当たり前のことです。
そうでは無くて、それらはそれはヨハン・シュトラウスであり、ピカソであり、おまんこであり、丘であり、性であり、生であり、死であり、詩なのです。全てはものすごくうるさく訴えかけて来て、ありえないほど近くで起きている。
悲劇によって構成される世界から、如何に喜劇を拾い上げて来れるか、如何に喜劇に再構成していけるか、それがオスカーの、人間の強さであり、尊さだということ。それを本書は切実に描いています。


3・11の傷跡。
➼非日常との同居『石巻市をぶらぶらと歩いてみた』

「正義」の美しさ、人間の美しさ。
➼決して消えない光がある『正義隊』



「いきる」収録。


「なんでもおまんこ」収録。


2 件のコメント:

  1. こんにちは、はじめまして
    谷川俊太郎さんの本が好きでコメントしました。
    おっさん臭いんですが、どこか説得力がありますよね。

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  2. はじめまして、コメントありがとうございます!

    谷川俊太郎さんは、特にこの詩中ではふざけた感じととても強い命への肯定とを上手い具合に同居させてますよね。
    この詩を読まれて、おっさん臭いで済まさなかったじゃんがさんは、きっと本書を面白く読める方なのでは、と思います。

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