MOTHERってゲームがありました。
糸井重里の原案によるゲームで、
『エンディングまで、泣くんじゃない。』
『大人も、子どもも、おねーさんも。』
というキャッチコピーで話題になったゲームです。
ノベライズをされているのですが、それほど重版されておらず、びっみょーにプレミアが付いてしまっているのが現状で、
コスト的にゲーム未プレイ者が買うほどの小説では無い、って事だけ先に言っておきます。
小説版の中身には糸井さんはタッチしておらず、1・2どちらのノベライズも久美沙織さんという作家さんが書かれています。
この人、ハーレクインとかを書いてる人なんだ。
今回ご紹介するのはいわゆるマザー1の方。
では糸井さんのMOTHERと
久美さんのMOTHER。
小説版未読の方にネタばれにならぬよう、比較していこうかと思います。
Subbacultcha
「サブカルチャー」という括りの下、文学・芸術・漫画・映画等について述べます。
2011年6月19日日曜日
2011年6月17日金曜日
2011年6月10日金曜日
明治化物草紙『ラスプーチンが来た』
人間は何故か「自分のよく知ってる事」を他人と共有出来ると快感、という知識共有欲求みたいなものがあって、
例えば嫌な上司の細かい動作について皆で愚痴ったり、
地元がテレビで映し出されたのを見てテンションが上がったり、
細か過ぎて伝わらないモノマネを見て爆笑したり。
「知ってる事」が出て来ると、何だか嬉しくなってしまう、そんな性質があります。
何なんでしょうね、アレは。
2011年6月7日火曜日
2011年6月4日土曜日
俺も行きたいです『岸部露伴 ルーヴルへ行く』
読みたいなぁ、でもちょっと高いんだよなぁ、等と軟弱な事をぼとぼと漏らしておると、
ジョジョと聞けば
「『欲しい』…そんな言葉は必要ねーんだ。何故なら欲しいモノを頭に思い浮かべた時には!
実際に買っちまってもうすでに買い終わってるからだ!だから欲しいと思った事がねェーッ!
『買った』なら使ってもイイ!」
とばかりにもう何でもお金を注ぎ込みかねない上級ジョジョラーな友人が貸してくれたので、
僕は感想だけ。
2011年5月30日月曜日
芸術とそうでないモノ『かっこいい自転車』
概念の定義は難しい。
例えば生、例えば死。
愛とか希望とか夢とか絶望とか勇気とか哲学とか読書とか神とか悪魔とか
其れそのモノに触れる事が出来なくとも、この世に山ほど存在する「概念」。
様々な時代の、様々な人が色んな定義を残し、色んな本を遺しているというのに、
一向にそれぞれの概念について論じる事が止む気配はありません。
僕が思うに、
全ての概念は結局の所自分で「あっ、なるほど」と納得するまで
論じる当人にとっては定義付けられないものなんじゃないかと。
各々の血肉に、真理になるまで、概念は其処ら辺をフワフワと浮かび続けるのです。
そんな概念の内の一つ、
「芸術」とは何じゃらホイ、とある実例を通して考えてみようかと思います。
2011年5月11日水曜日
2011年5月7日土曜日
現実を揺らす現実感『リアリティー』
ゴールデンウィークという事で、全国各地で様々な催し物があったかと思います。
僕の居る京都でも様々な祭りやら市やらがありました。
で、トリペルというカフェで行われていた古本フェスで、この本を見つけました。
2011年4月24日日曜日
史上最弱が最も恐ろしい『どげせん』
数学といい、算数といい、もう文字を見るだけで手が震えるほど苦手です。
でもその中でも「論理的思考」って結構好きだったりします。
公式とか数字っていうデータが無くとも、必死で考えればきちんと答えが出てくる感じ。
「AならばBである」=「AでないならBでない」
それでは、「史上最強の存在は誰にとっても恐ろしい」の対偶は何でしょうか?
2011年4月9日土曜日
僕らの路地裏戦争『堀川中立売』
京都在住です。
京都の企業の説明会なんかでよく言われる事ですが、
「京都には清水寺や平安神宮なんかの歴史・文化の重みと、任天堂や京セラ、村田製作所等の世界を舞台に活躍する会社が在るという近代性・先進性が同時に存在します。京都とは二重の意味で、世界に注目される面白い土地なのです。」
というような。
昔っからそうなのです。
『源氏物語』に描かれるような煌びやかな宮中での生活と、芥川の『羅生門』に描かれるような腐臭漂う下層の暮らし。
寺社仏閣が至る所に設置されながら、伝統あるキリスト教系の学校がすぐその隣に置かれ。
討幕を狙う志士達のアジトのすぐ近くに新撰組の根城が在り。
雅楽や歌舞伎、文楽が愛される町内に、アヴァンギャルドなアートやロックを好むイベント会場が在り。
そんな「気持ち悪さ」が京都という街なのです。
2011年4月4日月曜日
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